大人になってやっと気づいた事「先生あなたは正しくもあり間違っていた」 | netkiji.com

大人になってやっと気づいた事「先生あなたは正しくもあり間違っていた」

大人の手と子供の手ふとした瞬間に、こんなことが頭をよぎることがあります。

「正しいと思っていたことが実は間違いだったとしたら」

 

私はこれまで、何度となくこんな事が頭に浮かびました。

子供の頃に教えられる事というのは、ほとんどが親や、先生、身近な「大人」からですよね。

 

その子供の頃に教えられたことが自分が大人になって考えてみると、やっぱり間違いではなかったなと思うこともあれば、「ん??何かおかしいな」と思う事もあるんです。

今回その「ん??何かおかしいな」と思うことについて書いていきたいと思います。

 

大人が言う夢ってなんですか?

多分みなさんそうだと思うのですが、少なくともまだ幼い子供の頃は「大きな夢を持ちなさい」そう教えられて育つと思うんです。

だけど中学生、高校生と段々成長するにつれ、どんどんその教えが歪んできてるような気がするんですよね。

 

社会に出る、社会人になることがより現実化していくと「もっと現実をみなよ、そんな難しい事頭のいい人しかできないから無理だよ」こんな風に言われてしまうことってありませんか?

 

私はこれが疑問でなりません。

大きな夢を持てと言っておきながら、それが現実化できそうな年齢に近づくにつれ、なぜ諦めさせようとするのか。

もちろん心配なのは分かります、でもその発言をした人はどうして「無理だよ」なんて言えるんでしょうか?

 

自分が言われた人を思い返してみると、その発言をする人ってやったことがない人、経験したことが無い人なんですよね。

不思議じゃないですか?自分でやったこともないのに、経験したこともないのに「無理だ」と判断するって。

その事柄についてよく知らないのに、自分の少しばかりの経験、雰囲気だけの知識、想像、一般論で、決めつけてるにすぎない思うんです。

 

言葉を言いかえてしまうと、子供の夢をいいように大人が正しいと思う方向へ導いたにもかかわらず、しまいにはつぶしにかかるんですよね。

こんな教育っておかしくないですか?

 

自分が信用する大人に無理だと言われてしまえば、まだ人間的にも幼い子供はきっと心が揺さぶられ信じてしまうでしょう、いや、子供じゃなくても揺さぶられると思います。

 

そんな事を言われた子供は、何をしていいかも分からなくってしまうと思います。

自分は間違っていたのかなぁ、でもどうしていいか分からない、そんな状態になってしまうんじゃないでしょうか。

 

「親の背を見て子は育つ」そんな言葉がありますが、頭のいい人にしかできない、難しいから諦める、そう覚えてしまった子供達はどうなるんでしょうか?

一体どうやって大きな夢や目標を持てというんでしょうか?

頭のいい子供ならそれに気づくのかもしれませんが、私は大人になるまで全く気づきませんでした。

 

夢や希望は大人が潰すものじゃない

私が中学生の頃は勉強もせず、遊んでばかりいました。

そんなときに先生からこんな事を言われました

「ちゃんと勉強しないといい学校にも行けないよ、ねこきじ君(私)は夢や目標をもちなさい

なんてことない、教師と生徒の会話ですよね。

 

でもそれがいざ進路を決めるとなった時に

「そんな夢みたいなこと言ってないで、もっと現実的に考えなさい」

先生は私の気持ちを試したくてこんな事を言ったんでしょうか?

違うと思います。

 

親や、先生がいう夢ってなんなんでしょうか?ただ想像する事が夢なんでしょうか?

難しい夢は諦めて、すぐにでも実現できそうな簡単な夢や目標しか持ってはいけないんでしょうか?

「夢じゃご飯は食べれない」そんな風にすら聞こえてきます。

 

子供がやりたいと思った事があるのなら全力で応援してあげるべきだと私は思うんです。

 

ならなぜ応援してあげないのか。

それはおそらく、いまの日本には一度失敗してしまうと、セカンドチャンスがない(限りなく少ない)からだと思います。

それが分かっているから、親や先生、いわゆる大人はもっと現実的な答えに行きつくんだと思います。

 

ですが、じゃあ子供の頃に大きな夢を持てと言ったのは何だったんでしょうか。

先生が夢や目標を持てと言ったのは、何だったんでしょうか。

夢や目標を持てば真っすぐな人間に育つ、そんな意味だけで言ったんでしょうか。

 

現実的に考えてばかりいては、大きな夢など実現できるとは到底思えません。

今の世の中にある便利な物も、様々な偉人や発明家が、非現実的な発想や考え方をして生まれてきた物なんじゃないでしょうか。

それとも「バカな奴には無理だから諦めろ」そう言いたいんでしょうか?

 

けど、私が言いたい一番の問題はそこじゃないんです。

私が言いたいのは

「なぜやる前から無理だと決めつけてしまうのか、なぜ子供の可能性を大人が勝手に判断するのか」このことなんです。

 

自分で経験して初めて分かることってたくさんあると思うんです。

それをやる前から無理だと否定したのでは、何も学ばせないと言っているのと同じです。

 

将来を心配するのもよくわかります。

私も大人になってその気持ちが身に染みて分かるようになりました。

 

でも、子供の人生は親の物でも、先生の物でもありません

「何が幸せか」「どこまで出来るのか」なんて本人にしか分からないんです。

いや本人にすら分からないんです、それをやってみなければ。

 

そういった実際の経験というものを、勉強させてあげる、支えてあげるのが大人の役目なんじゃないでしょうか。

少なくとも「実現させるのが難しいから辞めさせる」「大人が思う理想の夢を与える」そんな事が大人の役目ではないと私は思います。

 

正しいと思っていることが考え方を制限する

ここまで子供に焦点をあてて書いてきましたが、大人になってからだってそんなことはいっぱいあります。

例えば、大人になっても「そんなの無理だよ、いまさらやるの?」こんな風に言われることがあります。

 

なぜこんな事をいうのか?

それは、自分でロクに考えもせずに過去に教わった事を正しいと思い込み、そのまま人に伝えているからだと思います。

 

「昔の人のいうことは正しい、間違いない」こんな言葉をよく聞きます、確かにそうだなと思う事もあります。

でも、それでは何も成長していかないと思うんです。

 

だって昔の人のいうことが正しいならば、自分で考える必要がないじゃないですか。

ずっとその考えにしがみつくだけで、何も新しい事なんて生まれて行かないと思うんです。

 

私はこんな風に考えています、昔の人の言葉を参考に活かし、そして自分でとにかくやってみる。

大切なのは、自分で考え実践(経験)することで、それで初めて答えに近づけるんじゃないでしょうか。

もちろん、他人の意見というのもすごく大切なんです。

なぜなら 人間一人で全ての事を考えることは出来ないし、人に言われて気づくこともあるからです。

 

その点はこの記事に書きました

じゃあどうしたらいいのか?

実践してみたけど、どうしてもここが分からない、自分はこんなアイデアだけど他の人はどう考えるんだろう?

そんな風に自分の考えと、他人の考えをヒントにして、合わせていく、これも一つの考え方だと思います。

 

または、自分はこの能力を持っているけど、どうして足りない部分がある、そんな時に人と手を合わせて、足りない部分を助け合って新たな物を生み出していく、こんな考え方も出来ると思います。

 

私は今ほんとに後悔しています、大人になるまでこんな事にも気づけなかった自分のバカさ加減にです。

全ては「正しいと思い込み自分で考えなかった」これに尽きると思います。

 

まとめ

私が今回この記事で伝えたかったことは、正しいと思う事はなぜ正しいのか?本当に正しいんだろうか?そんな風に疑問を持ってほしかったんです。

 

こんなことが他にもいっぱいあると思います。

疑問を抱くことで新しい考え方や、常識に捕らわれないおもしろい発想が生まれることを知ってほしかったんです。

 

人の可能性をやりもせずに否定する、子供の大きな可能性を大人が潰す、そんな社会はまっぴらごめんです。

それが嫌なら、まずは 「正しいと思う事に疑問を持ち自分で考えていく事」が大切なんじゃないでしょうか。