心に響く突き刺さる 偶然(必然)出逢ったおすすめの詩集

自分の感受性くらい 単行本 私は文学少年でもなければ、名作と呼ばれる小説や文学作品全般は一握りも読んでいません。

でも、嫌いな訳ではないんです。自分の触覚に反応したものだけを節操無くつまみ食い、そんな感じで今まで生きてきました。まるで、このブログのようですw

詩集も例外ではなく、自分で最初から調べて購入するというよりかは、偶然の出逢いによって知り、それから調べて購入しています。偶然は必然だなんて言われることがありますが、私にはまさに必然でした!

今回は、そんな私が今まで偶然出逢った詩の中で、一番自分に影響を与えた詩を紹介したいと思います。

頭を何かで殴られたほど衝撃があった詩

この詩は、私が20歳~21歳の頃に出会った詩だと思います。

有名な詩なので、知っている人もいるかもしれませんが、紹介します。

 

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

 

当時、私はこの詩を読んだときに、まるで頭を何かで殴られたような衝撃があった事を今でも覚えています。自分の全てを見透かされているような気がして、涙が溢れながらも何度も読み返しました。

すごく短い言葉(詩)の中に、疑問や欺瞞(ぎまん)、矛盾や葛藤、憤りや不安、まるで人間そのものを表しているかのように思える事があります。

不思議なことに、自分のその時の感情によっても、詩の受けとり方が変化することがあります。

もしかしたら、今日初めてこの詩に出逢った方もいるかもしれませんね。

この詩の著者は、茨木 のり子(いばらぎ のりこ)さん、学校の教科書にも取り上げられたことがあるそうなので、他の詩で名前を目にされた方もいるかもしれないですね。

私が何か壁にぶつかった時に、今もたまに本を開いて読む、大好きな詩の一つです。

もっともっとこんな素晴らしい詩に出逢いたいそう思います。

だけどそれは、闇雲に調べ上げるんじゃなく、感性を大事に生きていればきっといつか出逢えるんだと信じています。

それは1年後かもしれないし、3年後かもしれない。

それは今日かもしれないし、明日かもしれない。

そう思うと、人生が更に味わい深くなってくるような気さえします。